さすがに未完のものだけだと淋しいので、言葉遊びゾロサンを一つ戻しておきます

知らないうちは言葉にできない

 明日、さっそくデートに誘ったりしても良いんだろうか。

 いくら何でも気が早すぎるかな、とサンジは手に持った映画館のチラシを眺めながら逡巡した。

 浮かれまくって当たり前、という事態が起こったのだ。

 駅を出たところで呼び止められて、女子高生から手紙とチョコレート入りの袋をすばやく押しつけられたのは、まさに人生初の快挙だった。

 男の夢だ、ロマンだ、青春万歳。

 可愛かったなあ、と幸せを噛みしめながら、はたと気がつく。

 着ていた制服は聖マリージョア女学院のものだった。

 グランドライン高校のサンジからすれば、あのお嬢様学校の生徒たちは雲の上の存在である。

 結婚までは男性と二人きりになるなどもってのほか、という厳格な生徒指導の下、男女交際などとうてい許されていないはずだ。

 校則を破ってでも貫きたい俺との愛! とまだ手紙の封も切ってもいないくせに、サンジは彼女の両親の反対を押し切って二人が駆け落ちするところまでを妄想たくましくして、熱く目を潤ませてみた。

 

「サンジ、腹減った~!」

 閉め忘れた玄関から、高校の同級生であるルフィが勝手に上がり込んできていた。

 空きっ腹を一年中抱えた友人は、サンジの手料理を当て込んでやってきたのだろう。

 先日もまた食べ放題の店から出入り禁止を言い渡された、という胃袋の持ち主だ。

 その後ろから、これも同じ高校のロロノア・ゾロが仏頂面でのっそりと現れる。

 体格の良いこの男を見て、サンジは眉をひそめた。

 血が頬について乾きかけているし、頬には殴られてような痣がある。

 つき合い良く売られた喧嘩をどこかで買ってきやがったのか、と苦々しい気持ちが込み上げた。

 天性の才能を持つこの男は、竹刀を持たせれば全国で一番になる腕前があるというのに、高校一年の時、他校生に絡まれた友人のウソップを庇って乱闘沙汰に巻き込まれ、インターハイへの出場資格を失った。

 とりあえずルフィの要求を満たすべくフライパンを振るいながら、ゾロの様子を伺う。

 何であの時、現場に居合わせたのが自分ではなくゾロだったのか。

 二度とあんな思いをするのはごめんだ。

 ヌンチャク振り回すなんていつの時代の立ち回りだよ、と謹慎処分を言い渡された時でさえ笑っていた男に、サンジは何でてめえは平然としてやがるんだ、と泣きながら殴りかかった。

 眠れないほど悔しかったのは、本当はゾロの方だったはずなのに、理不尽にもメチャクチャにこぶしを振り回したサンジの頭を抱え込んで「ごめんな」と呟いた彼の声音はひたすらに優しくて、切なく胸に響いた。

 海苔巻きをルフィと奪い合っているこの間抜けな男を、友情以上の強さで好きなのだとサンジが自覚したのは、きっとあの時だ。

 

 ハッと気がつくと、ルフィが例の紙袋に手を突っ込んで大喜びでチョコレートを取りだしたところだった。

「引っ張るな、こりゃあ俺がもらった女の子の気持ちだっての」

 膨れ面を無視して、慌ててひったくるようにしてチョコレートを取り上げる。

「へえ、モノ好きがいたもんだな」

  ホッとしたのもつかの間、袋から飛びだしたハートマークつきの手紙をゾロに見られて、サンジは固まった。

「マリモには関係ねえだろ、ってか妬いてんのかよ」

  見るからに不機嫌全開になった男に、何でもない風を装って軽口を叩くが、意外なことに揶揄の言葉は返って来なかった。

 ムッとした表情のまま、妬いちゃ悪いかよ、とゾロが呟く。 

  目を合わせるのが怖くて俯いたサンジの服の裾を、ゾロの手がキュッと掴んだ。

 もしかして、だってまさかそんな。

 ヤキモチだなんて、ゾロが俺に?

 夢にだってそんな都合の良い展開は見たことがなかったのに。

 よりによって、これを機会にゾロのことは思い切ろうと切なく決心したその日に……好きだと言ってくれた女の子に申し訳ないと思うより、ひょっとしてという期待だけで死にそうに嬉しく感じてしまう自分の浅ましさを、サンジは内心で恥じた。

 ラブラブカップルになってやる、と浮かれ気分を自分自身に演じながら、ずっと頭に浮かんでいたのは、この男のことだったのだ。

 理屈も何もないほど好きでたまらない。

 

「ルフィ、これやるからあっちに行って食え」

 例のチョコレートを隣の部屋に向かって放ってやると、ルフィが飛びついていった。

 ろくすっぽ人の気持ちに気づかないくせに、こういう時ばかりはカンが利くと見えて、ゾロは悪い顔でニヤリと笑った。

「分からねえだろ、あいつにはどうせ」

「ヲイ、いきなり……かよ」

 

 ん、と言葉の前に口を塞がれ、好きだという言葉は、二人の間でまだ宙に浮いたままでいる。

 

 

 

縦読み五十音作文でのちょっとフライングなバレンタイン話でした。 

たまにはこんなのも書いてみる。「を」だけは仕方ないよね。

こういうお遊びネタ、大好きです。