これだけはサイト上で完結させてから終わろうと思ったので、未完ですが上げておきます。 みあ

 

 

20151111ゾロ誕リク2「Are you coming on to me?」前編

 

  ゾロは、バタンと扉が閉まる音で目が醒めた。

 くぐもり声。

 甘ったるい香の匂い。

 衣擦れ。ギシギシとベッドの軋む音。

 

 ――ああ、やってやがんのか。

 

 荒い息づかいと押さえた喘ぎ声がする。男がやたらと卑猥な言葉を吐くのが鬱陶しい。

 

 ――ここはどこだ?

 

 ようやくそこで目を開けて、ゾロは薄暗い室内に目を凝らした。荷物が山積みになった狭い隙間に押し込むようにして寝かされている。目の前に置かれた衝立のすぐ向こうで何が行われているかは分かるので、なるべく音を立てないように気をつけながら体の向きを変えた。

 どうやら、差し迫っての身の危険はなさそうだ。 

 体の節々が痛む。街中で海軍に追われてはぐれた仲間のことを思い出して、ゾロは眉をひそめた。

 ルフィは大丈夫だろうか。ローグタウンの二の舞はごめんだ。あの男が断頭台の上で笑う姿は、二度も見たいもんじゃない。船に残っているナミやウソップのことも心配だった。

 

「にゃあん」

 いきなり小さな子猫がじゃれついてきて、危なくゾロは声を立てそうになった。咄嗟にあげた手が近くの箱にぶちあたり、周囲のものが派手な音を立てて雪崩落ちる。

 

「おい。そこに誰かいるのか?」

 行為を中断した男の、不機嫌そうな声がする。ゾロはぐ、と息を止めた。

 みいみいみい、と子猫がゾロを見上げて無邪気に鳴く。

 

「こんな狭いところに誰がいるってんだよ。猫を拾ったんだ。それよりほら……あんた、まさかビビって萎えちまったのかい?」

 ゆったりと、微かな嘲笑と媚びを含んだ複雑な声音が答えるのが聞こえた。

 

 ――やっぱり。

 

 やってんのは男同士か。先ほどから聞こえていた閨での低く甘やかな声は、やはり男のものだった。

 

「ちっ忌々しい。猫だなんて。自分一人だってろくに養えないできそこないが。猫の毛だらけの部屋に通ってくる男なんかいねえぞ」

「……ふふっ」

「何がおかしい」

「だけどあんたは通ってくるんだろ? そのできそこないを買いに」

 侮蔑を隠しもせず吐き捨てるように言った男に、やはりゆったりと構えた声が悠然と答えている。嘲りを艶に紛れさせた斜な物言いが、ひどく色っぽい。

 会話から察するに、組み敷かれている男は男娼でこの部屋の主らしい。そこに常連の客がお楽しみに訪れている真っ最中、というところか。

 

 ――こりゃ、相手の男よりよっぽど役者が上だな。

 

 再びことが始まった気配に肩を竦めつつ、ゾロは衝立の向こうを覗いてみたい衝動に駆られた。下世話な興味というより、あの声の主の顔を確かめたくなったのだ。

 男色の気のないゾロにとっては、薄気味悪いぐらいに思えるはずの男の台詞だったのに、どういうわけか不快でもなく嫌悪感も湧かなかったのが不思議だった。

 子猫はすっかりゾロを自分の保護者と決めてかかったらしい。手の中にちゃっかり収まった柔らかい毛の固まりが、ざらざらした舌で顎を舐めて来た。

 

「こら。よせ」

 声には出さずに言いながらも、ゾロは指先で子猫の耳の後ろを掻いてやった。猫は気持ち良さそうに目を閉じて、指に懐いてくる。もぞもぞと動く小さな生き物は、ひどく温かくて触り心地が良かった。やがて子猫はすやすやと眠り、ゾロもまた、眠気が襲って来るのを感じて目を閉じた。

 

 

 

 

 ふいに目の前が明るくなった。

 うとうととしていたゾロは、まぶしさに目をしばたかせて、すぐそばでタバコを咥えている男を見上げた。

 ゆっくりと上体を起こし、差し出された水を貪るように飲む。ひどく喉が渇いていた。

  水を飲みながら、さりげなく目の前の男を観察してみる。

 思った通り少年と呼ぶにはとうの立った若い男だった。だらしなくガウンを羽織った姿は細身だが、背は高い。ゾロと同じくらいあるだろうか。

 逆光に金髪が透けて光っている。顔の左側は前髪で半ば隠されており、おかしな具合に右眉の端は渦を巻いていた。だが、それを差し引いても見栄えの良い男だった。

 

「あーあ。散らかしてくれちゃって」

 古ぼけた部屋の主が、荷物が雪崩を起こした部屋の一隅を、さもうんざりという口調で嘆く。

 

「最初から片付いちゃいなかっただろ」

「整理はついてたってーの」

「この状態のどこを見りゃ、整理だの整頓だのって言う言葉が出てくるんだよ」

 

 少したれ目気味の大きな目が、心外だとでも言いたげにさらに大きく丸くなった。しかしそれは一瞬で、その目はすぐに挑戦的に眇められ、ゾロは顔の真正面からタバコの煙を思い切り吹きつけられた。

 

「てめっ! 何しやがる」 

「うっわあ。猫のついでに拾われた迷子の癖に、口答えするなんて生意気。つーか、てめえ、聞いてやがっただろ。このムッツリすけべ」

「ああっ!? 聞きたくて聞いてたわけじゃねえよ。あんなとこで、勝手にアンアンおっぱじめたのは、てめえだろうが」

「あんなとこって言うけどな。ここは俺の仕事場なの。ここじゃなきゃどこでやれってんだよ」

 

 一頻り言いたいことを言って気が済んだのか、金髪男はスパーッと気持ち良さそうに煙を一吐きするとタバコをもみ消して、おもむろにゾロの身につけている腹巻きの中から猫をつまみ上げた。

 

「あ、おい。勝手に……」

「よーしよし。お腹空いただろ。今、ミルクをやるからな。ごめんなー。あんなオマケのむさいやつと一緒にさせておいちゃって」

 どうやら、猫が腹巻きの中に顔だけ出して体を突っ込んでいたことを言っているらしい。

 

「そいつが自分で潜ってたんだよ。返せ」

「何を焦ってんだよ。そんな凶悪面して小動物が大好きです、とか気持ち悪いだけだし」

「なっ!! てめえ、口が悪すぎんだろ」

「おっ! こんな小っこい癖に一丁前だな、お前」

 勝手な男は声を荒げたゾロを無視して、寝ぼけた顔の子猫が顔を洗っている姿に夢中になりだす。とてもつきあっていられない。

 

「ったく。分かったよ。そんじゃあな。世話になった」

 うんざりしたゾロは、そう言って立ち上がろうとした。

 だが。

 くらりと来た。

 頭を押さえてかがみ込んだところに、金髪男ののんびりした声が降ってくる。

 

「結構、昨夜は、熱が高かったみたいだから、まあ、まだ動くのは無理だろ」

「昨夜……?」

 窓の外はもう暗いようだ。ということは、あれからもう丸一日以上が経っているということになる。

 

「感謝しな。この俺様が商売を休んで一晩、看病をしてやったんだ」

 

「……助かった。礼を言う」

 ゾロは素直に礼を言った。男がおや、という顔で眉を少し上げた。

 その時、わっと外でどよめきが起こった。同時に、破裂音がして強い光が炸裂する。

 どよもす人びとの声に、よもや仲間に何かがあったのではないか、とゾロは焦った。しかし意に反して、立ち上がろうとした体は言うことを聞かず、よろける足を支えたのは、がっちり腕を掴んだ男の手だった。彼はあやすようにして、ゾロに腰を下ろさせた。

  ゾロは華奢なだけかと思った男娼の体が、見た目に反して力が強く隙の無い動きをすることに気がついた。

 

「もうじきフェスタが始まるから、街が浮き足立っているだけだ。何か気になることでもあるのか?」

 どこか揶揄を乗せたように感じられる言い方だった。

 

「いや、別に……」

 探りを入れられているのか、とも思うが、素性も知れない輩に懸賞金のかかっている名を明かす気はもちろんない。

 

「ふうん。まあ良いけどね」

 薄っすらと、彼が笑った。指の長い手がゾロの額に触れた。ひやっとした感触が心地良い。まだ熱があるのかもしれなかった。

 

「フェスタが近いから、あんたの心配していることは多分起こらないよ。体が戻るまでここで休んで行けば良い」

「そこまで世話になるわけにはいかねえ」

「もちろんタダとは言わないよ。元気になったら、ちょっとしたメッセンジャーを務めて貰おうと思ってね。そう難しいことでもないし、あんたなら危険もない。悪い話じゃないだろう?」

 ゾロは男の目をじっと見た。静かな眼差しが返ってくる。

 この男の腹の底が読めない。騒がしいだけの男かと思うと、ヒヤリとするほど醒めた顔を覗かせる。思わせぶりな言葉の意味を尋ねたところで、はぐらかされるだけだという気がした。

 

「分かった。やっかいになる」

 そう答えたのは、用心よりもこの男娼への好奇心が勝ったからだ。

 

「あんた、名前は?」

「ロ……コウシロウだ」

 咄嗟に、故郷の師匠の名を名乗る。

 

「OK。コーシロー。置いてやるが勘違いするなよ。俺と寝たいなら別料金だ。やりたきゃ金を払いな。分かったな?」

「男に興味はねえよ」

 憮然としてゾロは答えた。

 

「だろうな」

 ククッと笑うと、男はゾロを狭い寝床に横たわるように促し、踵を返した。薄情にもすっかり彼に乗り換えた子猫が、甘えた声で鳴いている。遠ざかる足音はいびつだ。

 足が悪いようには見えなかったが。何となくゾロはそう思った。

 

 約束していたミルクを与えられて満足そうに喉を鳴らす猫の声を聞きながら、ゾロは彼の名前を教えられていないことに気がついた。